会長挨拶

本学会は、「スポーツ運動学」という、ドイツで生まれた運動の学問、あるいは、おもにスポーツ運動の現場問題の解決のための学問的研究を発展させるために、金子明友先生を初代会長として創設されました。運動生理学やバイオメカニクスなど、自然科学的方法論をベースとしたスポーツ科学の中で、現場意識、現場感覚をベースにした運動研究という、異色の運動理論として登場した旧東ドイツの学者マイネルの『Bewegungslehre』(1960)(『スポーツ運動学(金子先生訳による日本語訳書名)』(1981)を日本に普及、定着させるべく発足いたしました。マイネルのこの運動学は、今日、初代会長の金子先生によって、発生運動学と呼ばれる新たな運動理論として発展しています。


 スポーツ運動学という学問は、陸上競技や体操競技、またサッカーや柔道、剣道など、測定競技や評定競技、判定競技におけるプレーや技、および、それを実施する人(学習者、選手など)、指導する人(教師、コーチなど)、評価する人(審判員、レフリーなど)にとっての切実な運動現場の実践問題に焦点を当て、その解決を図り、現場に還元し、現場の実践活動の活性化を図る目的をもっています。


 そのためのスポーツ運動学の特徴は、運動をする際に欠かすことができないコツやカンといった人間の意識や感覚の能力に焦点を当てて、運動がうまくできるときに、コツやカンがどのように働いているか、そのしくみの解明にあります。また、運動を指導する指導者の能力にも目を向け、学習者の能力を向上させるために、指導者が有するべき能力とはいかなるものかの解明も、スポーツ運動学の課題です。


 今日のスポーツ運動学の研究方法論の特徴は、現象学的立場の方法論にあります。しかしこの立場は、純粋な哲学としての現象学的立場が意味されているのではなく、運動の実践現場における人間の意識や主体的な価値意識に問いかけていき、スポーツの運動問題を考えていこうとするものです。つまり、人間のスポーツ行為の現象や体験内容を現場に生きるように現象学的立場から取り上げて分析していき、実践活動に生かそうという立場です。


 このような研究をすすめていくために重要な概念はコツ、カン、自己運動、運動発生、動感、創発、促発等々です。

 金子明友初代会長の後、二代目三木四郎会長、三代目渡邊伸会長(令和3年2月ご逝去)と続き、私が四代目の会長となります。


 スポーツ運動の現場にいる選手、指導者、そして現場問題を視野に入れた運動の研究者の皆さんに、是非、本学会に入会していただき、皆さんがもっている実践に向ける鋭い眼差しから現場の本質問題を掘り起こしていただきたいと思います。そして、運動現場を活性化させるべく、運動者および指導者にとって有益な知見、情報を提供していただき、本学会およびスポーツ運動学のより一層の発展に寄与していただきますよう、お願いする次第です。

令和4年4月1日              

           会長 佐野 淳